【読み:みやざきゆうぜん】
江戸時代初期の扇絵師です。宮崎友禅斎ともいい、「友禅染」という名称は、彼に由来しています。「友禅染」の創始者といわれていますが、詳細は不明です。宮崎友禅が染めをする契機になったとして伝えられていることは、あるとき、呉服屋の依頼で、小袖の図案を描いたところ、それが評判となり、出版元が雛形本を依頼し、『大風流模様尽』を出しました。当時、元禄時代であり、京都の貴族や豪商が華美な生活を好み、その絶頂期であったこともあり、友禅の雛形本は、爆発的な人気となりました。しかし、その後は、友禅の人気もすたれ、流浪を重ねた末、元文元年(1736)、83歳で金沢で没しました。