八朔とは

【読み:はっさく】

ちょうど稲の穂に実が入りかかるころ、稲の実りを神々にたのむ行事で八月一日に祝います。別名「たのむの節句」とも呼ばれ、庇護をたのみたい人に贈り物をするしきたりがあります。現代のお中元のもとになっていると思われます。農家から発生した風習なのですが、町家、武家、公家とあがっていきました。風習が下層階級から上流へ上がっていった珍しいケースです。
贈り物は、扇子、馬、刀剣、肴、砂糖、香、茶碗、花びん、紙などで、江戸時代に入ると形式化されて諸大名が白帷子を着て大刀を献上し、将軍に祝詞をします。町家では赤飯をたいて白紋付を着用し、目上の人のところに挨拶に行く習わしでした。京都では今でもこのしきたりが残っています。舞妓や芸妓は黒の紋付の衣裳を身にまとい、師匠に挨拶をします。東京でも芸者衆や稽古ごとをする人たちの間ではまだ残っている風習ですが、ほとんどお中元と一緒になってしまっています。八朔が過ぎると農家もいよいよ忙しくなり、昼寝もしていられないので、この日を存分に休む地方もあります。
八朔人形というものがあり、瓜や米の粉で人形を作って八朔を祝ったあと水に流します。
男の子には船を作り、家族の人数分の団子をのせて海に流す風習も広島に残っています。

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